祈願だるま と どうだんつつじの寺

         岐阜 だるま観音 大 龍 寺
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 大龍寺の歴史

創建と本尊


 当寺は山号を金粟山(こんぞくざん)、寺号を大龍寺といいます。寺伝によると、第四十一代持統天皇の御世(686〜697)に鎮護国家の為に創建されたのが始まりであります。後に禅宗に改宗されるまでは密宗寺院でした。その時代の詳しいことはわかりません。
 本尊の腹帯子安観世音菩薩は、第七十七代天皇であった後白河院が安元元年(1175)に、孫の安徳天皇の托胎安泰の勅願所として安置した霊尊です。この本尊は他にあまり類がないお姿で、お腹に大きな帯を結んでおり子授け・安産・子育てのご利益があるといわれています。

本尊 腹帯観世音菩薩 本尊因縁の後白河院の尊儀を
開山堂に安置してあります




創建開山 瑞翁宗縉禅師


 当寺では現在の禅宗に改宗した瑞翁宗縉禅師が創建開山となっています。瑞翁禅師は臨済宗妙心寺派の東海派派祖の悟渓宗頓禅師の法嗣のうち『東海の八哲』と呼ばれた中の一人です。
 当寺は創建後、長い年月の間に盛衰を繰り返し室町時代には廃寺同然でありました。当時、美濃国守護であった土岐氏は大変禅宗に帰依しており、悟渓禅師の推挙と土岐氏の外護により瑞翁禅師が文喜2年(1502)に入寺し創建開山となられ、復興したのであります。
 瑞翁禅師は東海派瑞翁門派を成し、後には京都へ上り紫野大徳寺の第七十一世となられました。

創建開山・中興開山・後白河院を
まつる開山堂内陣
創建開山 瑞翁宗縉禅師像




中興開山 淳岩玄朴禅師


 創建開山瑞翁禅師の法系は五代目にして途絶えてしまい、その後を中興したのが東海派独秀門下・快川国師の法嗣、淳岩玄朴禅師でした。淳岩禅師は得度後仁岫宗寿禅師のもとで修行したが、その後仁岫禅師の法嗣で長良の崇福寺にあった快川国師のもとで修行し法を嗣ぎました。淳岩禅師は大龍寺の法系が絶え荒廃していることを憂えて、大龍寺に入り再建中興したのでした。
 淳岩禅師は多くの弟子を育て、その法脈は大龍寺周辺のみならず、信州・金沢・四国に現在も続いています。

中興開山 淳岩玄朴禅師像